BLISS Natural Perfumery 調香師・茂谷あすかの父方の祖先は伊勢神宮にお札用の木材を納める木材問屋、母方の祖先は二見興玉神社の神守でした。父母の出身地であり、祖父母が暮らしていた伊勢は私の心の故郷。子供時代、二見浦海岸の沿岸にある祖父母の家で過ごしたお正月や夏休みは今でも幸せな思い出の時間です。
数年前、母が伊勢志摩・英虞(あご)湾で真珠養殖を営むご家族に出会い、BLISSのためのアコヤ真珠の養殖を特別にお願いいたしました。
古代より神々や時の権力者への捧げものとして、あるいは代々の家宝として大切に崇められてきた真珠。天候や海、自然のあるがままに任せる真珠養殖に従事する職人さん達は自然を崇拝する方も多く、毎朝熱心に参拝されています。
自然の恵み、先人たちの努力と智慧、時間と手間暇を掛けて職人達が紡いできた技術が結晶化したのが真珠養殖。また、真珠には海の富栄養化となるリンや窒素などの元素を吸収して海を浄化する役割があります。真珠はきれいな海を残し、手元では永遠の輝きを放つのです。
アコヤ真珠が生まれるまで
BLISSがアコヤ真珠の養殖をお願いしたご家族は三重県志摩市にて代々真珠養殖を営んでこられたYさんご一家。2016~2018年当時ご夫婦とお嬢様の3人で従事されていました。
真珠母貝の買い付け
アコヤ真珠の養殖はまず、母貝となるアコヤ貝の買い付けから。戦前は地元の海女さんたちが海に潜って天然の真珠母貝を採っていましたが、真珠養殖が盛んになり、天然の真珠母貝が不足。現在ではアコヤ貝の人工採苗技術が確立し、稚貝(アコヤ貝の赤ちゃん)を母貝となる大きさまで養殖されています。
核入れ
天然真珠とは貝が誤って石などの異物を飲み込んだ結果、異物に対して何層もの膜を張り(=これが真珠層となります)、作り出されたもの。アコヤ貝が真珠を作り出すためには天然真珠と同様、貝に結晶核となる異物を入れ込み、この作業を「核入れ」といいます。核には貝の殻を玉状にくり抜いたものを用います。12月に浜上げする真珠の核入れの時期は海水温が5~10℃以上となる春以降。毎朝水温を記録し、核入れする時期を決めます。母貝の生殖巣にメスを入れ、核をそっと入れ込みます。
真珠の大きさは核や母貝の大きさにより決まります。大きさに係わらず、アコヤ真珠の養殖期間はたいてい1年未満。1年も経つと母貝が真珠を自ずからはき出してしまうので、はき出してしまう前に母貝から真珠を取り出します。
養生
核入れ後、母貝は暫く穏やかな内海で過ごします。核入れとは貝にとっては切開手術をしたようなもの。母貝が安定するまでの期間、養生かごに入れて橋桁の下に吊り下げ、静置します。
沖出し
母貝が回復・安定した後はいよいよ外洋へ。船に積んで、英虞湾の沖合にある真珠いかだへと運び、段状のネットに入った母貝を吊り下げます。リアス式海岸が入り組み、大小の島々が浮かぶ英虞湾は古代より天然真珠が採れ、養殖技術が確立してからは真珠養殖の発祥地として知られています。
(ただし、近年は英虞湾の海水温が高くなりすぎ、赤潮・プランクトンの大発生により母貝が死滅してしまうことも多く、北九州など海水温がより低い北の方へ持っていくそう。)
母貝のお手入れ
外海へと運んだ母貝は、表面にフジツボやカキなどの小さな貝が付着するため、定期的に掃除をします。付着物が付いたままでは貝が弱ってしまい、巻きの良い真珠を作り出すため3回ほど、外洋から貝を引き上げて船で運び、浜小屋で貝の表面を掃除します。これが結構な重労働。炎天下の中、数十個の母貝が入ったネットを引き上げ、貝を取り出し、全て手作業でひとつひとつ丁寧に磨いていきます。そしてまた外海へと母貝を戻す。こうして母貝は丈夫に育っていくのです。良質な真珠は良好な母貝から生まれます。
浜揚げ(球出し)・選別
母貝から真珠を取り出すのは例年12月・クリスマスの時期からお正月に掛けて。沖から母貝を引き上げ浜小屋まで運び入れ、貝を開き、身から真珠を取り出します。全てが粒ぞろいの真珠になる訳ではありません。中には真っ黒なもの、バロックとは程遠く呼べない歪(いびつ)な形のものも。取り出した真珠は大きさ・色・形・キズにより選別されていきます。「テリ」「色」「巻き」の揃った真珠はその中のほんの一部です。
入札会
浜揚げがひと段落した2月頃。世界中のバイヤーが伊勢志摩に集まり、真珠の入札会が行われます。自然光が安定している北側の窓側で目利きたちが目視で真珠を評価・格付していき、価格が付けられていきます。一方で、入札会には掛けられない真珠もあります。最上の真珠たちは市場に出ることなく、メゾンへと直接引き取られていくのです。