ワークショップ後記:7/26(土)アーレントからはじめる 言葉と香りの[はじまり]

「Amor Mundi – 世界を愛するのはなぜこれほど難しいのか」からはじまったアーレントの問い。

アーレントにとっての「世界」とは、ひととひとの「あいだ」に生きる空間。Amor Mundi (世界への愛)は一見優しく美しい言葉であると同時に、加速する「世界喪失」に対する抵抗でした。

今年は戦後80年、アーレント没後50年と世界にとって節目の年。世界各地で深まる分断や無関心、消えゆく共同体や信頼関係を前に、アーレントが唱えたAmor Mundiへの理解を少しでも深めたいと、年初よりアーレントの朗読と調香のワークショップを構想しました。

矢野久美子さん著『アーレントから読む』から選んだテキストは「世界を愛するということ」。輪読しながら、時に難解なアーレントの言葉の意味を自分なりに受け止め、仕事や暮らしでの出来事に照らし合わせ、あるいは科学的な視点から、これまで自分の中にあった「世界」「自由」「他者」の概念を異なる角度から眺めてみたり。そこから見えてくる新しい風景が世界での自分の立ち位置を捉え直す行為、[はじまり]を生み出すきっかけになれば。そしてその[はじまり]を永遠に記憶する[制作]として香りを調香できたら。

世界は誰かがはじめた[制作]でできており、「あいだ」という公的な空間の場である政治なくして[制作]は存在しない。それは、先月亡くなった山出保・前金沢市長が平和都市宣言の記念碑に遺した言葉「平和なくして文化はなく 平和はまた文化によってつくられる」にもちょうど繋がって、先人たちが培ってきた文化に対する変わらぬ敬意と新しい感性との融合を実現してきた芸術都市・金沢の歴史を象徴しているようでした。

全体主義政権以降、もの凄い速さで「世界喪失」が進む中、「世界」の耐久性は「世界の現象である文化」を創造する行為や制作だけでは足り得ない。アーレントはそこに政治的行為者でも制作者でもない、観客が行う営みに注目しています。後年アーレントが議論を深めていったカントの『美的判断力』は、<美的=Taste、判断力=Judge>という主観で感じたものに対して他者のコンセンサスを得ていくもの。それは同じ場に居合わせながら、「他者のパースペクティブを想像しながら物事を判断し、その営みによって世界での自分の立ち位置、居場所を確保するという生き方」(矢野 2024)。

世界の存続は美を愛する者の自由と分かち合う寛容さにかかっているのではないでしょうか。

ワークショップ後記:
アーレントからはじめる 言葉と香りの[はじまり]Vol.2
2025.7.26