花を与えるのは自然。編んで花輪にするのは芸術。
ゲーテ
自然香水の調香は天と大地の恵みを享受して、人の手を通して作品となります。
今回のパフューマリー通信は調香においてBLISSが大切にしていることをお伝えします。
『香りを聞く』
BLISSでは150種類ほどの天然香料から数種~30種選び、調香していきます。正直に打ち明けますと、調香スタイルはシンプルで、地道な作業はありますが、難しいことはしていません。私がしていることは「香りを聞くこと」。ひとつひとつの香りの聞き、想像する。言葉にする。天然香料にはそのひとつひとつに物語が奏でられています。単一成分として分離・合成された人工香料と違って、一つの天然香料には数十~数百の芳香分子が含まれて、あるひとつの強い香りが際立つことはなく、それ自体で既に調和のとれた香りに仕上がっています。
調香の面白さのひとつは1+1=2ではないところ。香りを重ねながら、時に微細に、またある時はドラマチックに変化していく香りに心静かに耳を傾けるように、調香を進めていきます。調香はハーモニーを奏でるようにオーケストラを指揮することとも似ています。個々の天然香料はそれぞれに異なる音色や音階を持ち、第一バイオリンにはこの花の香りを、この場面の管楽器のソロには個性あるスパイス系など、調香は香りのオーケストラとしても比喩できます。
植物の様々な部位 – 草木・花・果実・種・根 – から得られた生命のエッセンスを用いて、調香というハーモニーを奏でる。そこには調香の基本テクニックでもある「トップ」「ミドル」「ベース」といった、香りの強さや揮発速度による香りの分類や構成も含みます。けれども、「調和」はBLISSが調香するとき最も大切にしている理念であり、素晴らしい香りを与えてくれる自然へのささやかな感謝の形です。
『香りを捧げる』
古来より香りは神々に、あるいは時の権力者に献上され、最上の品として扱われてきました。かつて香水はすべてオーダーメイドであったように、BLISSはご依頼くださった方々に捧げる香りを調香し、その方の持つ魅力までをも香らせることを使命としています。香水は魂への鍵。香水を捧げる対象の存在が、私にとって最大のインスピレーションの源泉です。
調香では先ず、象徴<シンボル>となり、調香の中心軸となる香料を探し求めていくことから始まります。言葉を交わし、キーワードを辿り、その余白や背景などに想いを巡らしながら、香りを聞き分けていく。シンボルとなる香りは、香りの特徴はもちろん、植物自体が持つ意味合いやメッセージ -神話や伝説などの歴史的背景や生態、アロマセラピーのように身体と心に対する薬理的特性など- も巡らせながら選んでいきます。
中心軸が決まり、香りを重ねるように調香を進めていくと、パズルの最後のピースがはまるようにピタリと香りが決まる瞬間があります。あるいは、「何かが足りない」と立ち止まることがあります。調香ではたった一滴で全てが決まる瞬間があります。紙一重にある、調香の妙。その魔法の一滴を求めていく調香は、心地良い緊張感があるとともに、香りを探し求めていく内なる冒険です。
オーダーメイドの調香のときは、香りを熟成させながら、調香した作品に名前を付けるのもひとつの儀式です。銘を付けることによって、香り自体に命が吹き込まれ、その存在が独立し、より自由にいきいきと香り立つ。嗅覚は五感の中で唯一、本能や感情に関わる大脳辺縁系に直結し、匂い情報は記憶を司る海馬にも伝達されます。記憶や感情と深く結び付く香りをひとつの自分自身の調律機能として、自分を見つめ、より良く生きるために。ひとしずくの香りを通して輝けたらと願って調香しています。
A drop of bliss will shine through you.
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BLISSの調香のインスピレーションの源はいつも人物です。
今年9月に発表予定の香水も千夜一夜物語の語り手であるシェヘラザード妃に捧げる香りとして、長年処方を温めてきました。
今年の中秋の名月にお披露目できるよう、準備を進めています。
オーダーメイドの香水製作も開始し、少しずつパフューマリーを本格稼働させています。
今回の通信も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
ご意見・ご感想など、是非お聞かせくださると嬉しいです。
次回通信では香水(化粧品)ができるまでを配信予定です。