パフューマリー通信 Vol.5

今回の通信では、次の満月に御披露目するパルファン1001 Nightsの舞台となる千夜一夜物語について。これまで物語については断片的でしか知らなかったのですが、シェヘラザードという勇敢な女性に惹かれ、彼女に捧げる香水をつくり、香りを熟成させている間に千夜一夜物語を読み進めました。

『千夜一夜物語とは』

千夜一夜物語は九世紀頃に中東に生まれた物語集です。アラビア語で「アルフ・ライラ・ワ・ライラ」とは「千と一つの夜」。1947年にシカゴ大学博物館がエジプトから入手した資料の中から奇跡的に写本断片が見つかり現存最古の記録となっています。千夜一夜物語に入っていた夜話の数は不明ですが、平易な言葉で書かれ娯楽性の高い物語で、写本を通じて大切に受け継がれてきました。千夜一夜物語を初めてヨーロッパに紹介したのはフランス人東洋学者のアントワーヌ・ガラン。15世紀頃にシリアで成立した三巻の写本を元に1704年フランス語に翻訳して出版されると、すぐに英語訳され、「アラビアンナイト」として世界中に広まりました。

『千夜一夜物語とシェヘラザード』

王さまが明日も私を生かしてくださるのなら、もっと面白いお話をお聞かせできるでしょう

『ガラン版千一夜物語』西尾哲夫訳 岩波書店(2019)

千夜一夜物語の最大の特徴は、シェヘラザードという語り手が「命をかけて話を語る」という枠物語の設定です。古代ペルシアのササン朝に大変秀でたシャフリヤールという名の王がおりました。王はこよなく王妃を愛していましたが、ある時王妃の不貞を目撃し、怒れる王は王妃の首をはねるように命じました。女性不信に陥った王は、二度と背かれることのないよう、一夜限りの妻を迎えては翌朝にはその首をはねるという残酷な掟を作り上げました。こうして都から若い娘が次々と消えていきました。

宰相の娘シェヘラザードは人々の窮状に面して、自ら王の元へ嫁ぐことを願い出ました。彼女はずば抜けた美貌だけでなく、男にも肩を並べるほどの胆力と洞察力に富んだ才知、哲学・医学・歴史・文芸などのあらゆる学問、更には当代一の詩人にもまさる詩才も身に付けていました(中東では詩人が最高の教養人とされていました)。彼女には”計画”がありました。婚礼が執り行われる部屋に妹のディナールザードを一緒に連れていくことを願い出て、妹には夜が明ける一時間前に起こして、こう話しかけるようにと頼みました ー「お姉さま、お休みでないのでしたら夜が明けるまでのひととき、お姉さまがそらんじておられる面白いお話をお聞かせください」。

シェヘラザードは夜が明ける一時間前に王と妹に驚異に満ちた不思議な物語を語りました。話が山場を迎える頃に夜が明けるとシェヘラザードは話を止め、王は続きを聞きたいがためにシェヘラザードの処刑を一日ずつ遅らせました。そして、千と一夜が明けた頃にはシャフリヤール王は心からシェヘラザードを愛するようになり、王は悪習を改め、都に聖なる秩序が取り戻されたのでした。

『中東と香り』

千夜一夜物語は魔法や金銀財宝に満ちたエンターテイメント的性格だけでなく、中東への「窓」として、古代都市カイロ・バグダード・ダマスカスなどの当時の様子やイスラームの日常生活が窺えます。かつて中東は絹織物だけでなく香料・香辛料の貿易路の中心地でもあり、香りは常に生活の一部でした。

例えば、「王子である三人の游行僧とバグダードの五人の娘の話」中、荷かつぎの男性が美しい娘に頼まれて買ったものを籠にいれていく場面では、当時の市場での買い物の様子が描かれています。

次に娘は果実と花をあきなう店の前で立ちどまり、何種類かのリンゴ、杏子、桃、マルメロ、レモン、シトロン、オレンジ、ミルテ、バジル、百合、ジャスミン、その他もろもろの花や良い香りのする草木を買い求めました。……次に別の店では酢漬けになったケイパー、エストラゴン、小さなキュウリ、パスピエール、香草類を、 … …それから娘は薬種店に入り、あらゆる種類の香水、クローブ、ナツメグ、ショウガ、大きな竜涎香の塊、インド産の香辛料をもとめたので荷かづぎやの籠はいっぱいになりました。

同上

また、「シンドバードの7つの航海記」中の数々の冒険譚からは、バグダードのイスラーム商人が交易品として、沈香木、竜涎香、白檀、樟脳、肉桂、丁子、胡椒、生姜などをインド洋から持ち帰ったことが窺えます。

香りの使い方として私が好きな場面「ペルシアの王子バドルとサマンダル王国の王女ジャウハラの話」では陸の王の元に嫁いだ海の王の王女ジュルナールが親族を呼び寄せる際に沈香を用います。

王が小部屋に入るとジュルナールは火を熾した香炉を侍女に持ってこさせ、扉を閉めるようにと言いました。そしてひとりになると小函からひとかけの沈香をとりだして香炉にくべました。香煙がたちのぼってくると、ジュルナールは … … 王にはわからないことばをとなえました。と、そのことばが終わらないうちに海面が揺れ動きました。  

同上

気付けば私もシャフリヤール王のようにシェヘラザードが語る物語に夢中になっていました。18世紀初頭に千夜一夜物語がフランスで出版され、当時のフランス王宮や貴族のサロンで、民衆の間で夢中に語られていたことでしょう。アンデルセン、グリム、ゲーテ、デュマといった作家の愛読書となり、千夜一夜物語は今もイマジネーションの源泉です。人はいつの時代であっても異世界に魅せられ、物語を通して冒険し、登場人物の喜怒哀楽を共にする。パルファン1001 Nights が豊かな物語の世界への扉を開いたなら、とても幸せに思います。

お知らせ

パルファン1001 Nightsの御披露目会

Date:2022年9月10日(土)11:00~16:00

Venue:garten ガルテン(金沢市東兼六町1-26)

予約不要・出入自由(入場無料)です。お気軽にお越しくださると嬉しいです。

今回の通信も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

ご意見・ご感想なども是非お聞かせください。

次回通信では香りの歴史をお届け予定です。

夏の夜に。またひとつ夏が過ぎ去ります。