新緑が潤しい5月。藤の花や芍薬の香りに誘われては山へと出掛け、満ちた月が夜の海を照らす。石川県は加賀平野と能登半島から成る、海も里山も美しい土地です。先日大きな地震があった珠洲は能登半島の最北端にあり、金沢市から急行バスで3時間。秘境の地です。
『調香ワークショップ×作曲家シリーズ』
来月から始まる調香ワークショップ×作曲家シリーズ。ドビュッシーは海をこよなく愛し、交響詩『海』は葛飾北斎の海の浮世絵からインスピレーションを受けたとも言われ(『冨嶽三十六景』の1つ「神奈川沖浪裏」)、初版の表紙にも用いられました。ドビュッシーはきっと珠洲の海も好きになるだろう – 第1回ドビュッシーの回で参加者の皆様からいただく受講料の一部は今回の地震で被害に遭われた方々に寄付させていただく予定です。ドビュッシーと皆様の想いを乗せて、少しでも被災地の方のお役に立てたら嬉しいです。今日のパフューマリー通信では目下準備中の調香ワークショップと今秋発表予定の新作香水イベントについて、準備の裏側をご紹介いたします。
『ドビュッシー書簡集』
このところ、私が夢中になっているのはドビュッシー書簡集。手紙を多く書いた音楽家としてモーツァルトやショパンが有名ですが、ドビュッシーも生涯で約1500通の手紙を書き、その内の300通あまりを収録したのが『ドビュッシー書簡集 1884-1918』です。
「常識」と呼ばれるあの神がかったものを危惧して、人々は音楽で本当に大胆な冒険を何らやろうとしない(1894年8月28日アンリ・ルロルに宛てた手紙)
『ドビュッシー書簡集 1884-1918』 フランソワ・ルシュール編, 笠羽映子訳, 音楽之友社 (1999)
結局、芸術創造とは、多くて五人の人間、それも心から愛している五人のために行われるべきなのです!それなのに、大衆演劇の常連たち、社交界の連中やその他のお偉方の敬意を集めようと努めるなど、さぞかしうんざりなことに違いありません。音楽はもっと自由に飛び跳ねてほしい … …(1887年3月17日エルネスト・エベール宛の手紙)
同上
心から芸術を愛するディレッタントたちのための音楽を。彼は音楽家たちよりも詩人や彫刻家たちと親しく付き合い、『もはや音楽的に考えごとをしていない』と手紙の中で言い切るなど、19世紀末に行き詰まりを見せた音楽を解放しようとしていました。自由な和声。曖昧な輪郭。瞬間的印象。これらを音にしたとき。香りにしたとき。ワークショップではドビュッシーがインスピレーションを受けた詩などもご紹介予定です。ピアニストの徳力清香さんが厳選した作品の音源はどれも素晴らしく、特にベルガマスク組曲『月の光』には鳥肌が立ちました。ワークショップで受講者の皆様にお聞きいただくのがとても楽しみです(ご欠席される受講者の方には音源のリストをお送りさせていただきます)。
『7:白鍵の数』
当初作曲家シリーズ構想時は5回程度を考えていましたが、1オクターブ中の白鍵の数(ドレミファソラシ)に合わせて、7本の香水瓶をピアノの鍵盤にしたいという妄想が止まらなくなってしまいました。全7回ワークショップにお申込みいただいた方にお渡しできるよう、ただ今、専用BOXとして7本の香水瓶が入るピアノに見立てた箱を製作中です。1年掛けて1つずつピアノの鍵盤を埋めていただく。7本揃ううちに、中にはきっと使い切ってしまうこともあるだろうと、無料の詰替・リフィルサービスもご用意しています。
『新作香水の発表に向けて』
今秋発表予定の1st Collection(勇敢な女性に捧げる) 第2号作はハンナ・アーレントに捧げる香水です。ハンナ・アーレントはドイツ系ユダヤ人に生まれ、ナチの迫害を受け、パリ、そしてアメリカへ亡命した政治思想・哲学者です。1951年に発表した『全体主義の起源』はナチやスターリン体制下における国家的犯罪メカニズムを解き明かしたものとして一躍有名となり、『人間の条件』や『エルサレムのアイヒマン』など代表作を遺します。
純粋にハンナ・アーレントについての理解を深めたい。そんな想いから様々な動線に導かれて、中秋の名月の夜に2013年映画『ハンナ・アーレント』の上映と講演会を予定しています。講演者は日本アーレント研究会に所属する若手研究者・大形綾さんです。秀でた知性と鋭い洞察力を備え、「人間らしさとは」「他者と共に生きるとは」と思索を紡ぎ続けたアーレントが晩年こっそりと唱えた『世界への愛』。映画と哲学と香水と。『世界への愛』というアーレントから受け取るバトンに対し、それぞれの思索を香らすことができたらと思いを巡らせています。
今回もパフューマリー通信にお付き合いくださり、誠にありがとうございます。
通信へのご感想やご意見、ご要望、また調香ワークショップや新作香水へのお問合せなども是非お気軽に。お待ちしております。