2025年霜月新月。冬支度も道半ば、突然に冬の寒気がやって来ました。
今日のパフューマリー通信は海からの贈り物・アンバーグリス(龍涎香:りゅうぜんこう)について。
アンバーグリス
アンバーグリスとはマッコウクジラの腸内結石が作り出す動物由来の天然香料です。マッコウクジラが好物のイカやタコを食べると、消化過程で硬いくちばし(別名カラストンビと呼ばれる部位)により腸壁が傷つき、傷ついた腸壁を治癒するためのロウ状の物質が分泌され、結石が形成されます。その後、結石はクジラの体内から排出され、あるいは死んだクジラが海を漂流して海岸へと流れ着きます。結石そのものは不快な香りを放つそうですが、長い間潮に浮き沈みし、太陽に晒されることで、まろやかな香りが醸成されていいきます。英名ambergrisは仏語amber=琥珀、gris=灰色より「灰色の琥珀」を意味し、その名の通りの形状です。
人間が偶然にしか手に入れることができない大変希少で高価な天然香料。その歴史は古く、アラビアの商人たちが海の貿易路でアンバーグリスを取引し、母国に持ち帰り、香として焚いていたことが千夜一夜物語からも伺えます。日本ではお香の他、漢方薬としても使われてきました。香水の保留剤としても大変重宝され、歴史的な香水にも多く処方されてきましたが、今日ではその大半が合成香料に代替されています。
昔の香水の処方を見たり、千夜一夜物語や古い文献を読むたびに、アンバーグリスとは一体どんな香りだろうと想像の域を出ませんでしたが、素敵なご縁と機会をいただき、先日フランスの天然香料会社からアンバーグリスが届きました。ひと嗅ぎするとまず最初に潮の匂いが飛び込んできて、後から甘く、太陽のような温かさを感じ、それでもひんやりとした肉感を想起させ、アニマリックで混沌とした悠大な香り。どんな処方にも合うと言われており、これからの調香がとても楽しみです。
BLISS 茂谷あすか
Profile
1982年生まれ。2006年英University of East Anglia卒業。株式会社QUICK、三井物産株式会社勤務を経て、2015年より調香の仕事を始める。2019年東京理科大学卒業。2021年石川県金沢市にてパフューマリーを設立。自然香水の製作を行う。
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