5月の新月の朝。連休中は空気が澄み渡り、奥能登にある九十九湾の水平線のその先には雪を被った立山連峰や白山が綺麗に見渡せました。能登半島地震で変わってしまった生活と変わらない自然の美しさ。八重桜は満開で、桜の塩漬けからクマリンの香りを得るためにお裾分けいただきました。一期一会の香りとの出会い。
『ローズ』
街中でバラの花や蕾を多く見かけるようになりました。5月はバラの季節。香水の都・南仏グラースでは毎年5月にバラのお祭りが催されます。バラは赤道地帯以外、ほぼ地球上の何処ででも生息できる植物。世界中でバラが愛され栽培されるのは、芳香性やフォルムの美しさだけでなく、その普遍性や強さにも拠ります。
預言者ムハンマドが愛したものは「女性、子ども、香水」と言われ、香りはイスラム文化にとって常に欠かせないものでした。自宅で、宮殿で、砂漠のテントの中でも香を焚く。中世バグダッドの住民のローズオイル・ローズウォーターの消費量は年間3万本と言われ、ローズオイルはスキンケアやヘアケアに、ローズウォーターはシャーベットやターキッシュデライトで知られる中東のお菓子・ロクムの香り付けなどに使われていました。
かつてローズオイル・ローズウォーターの多くはシリアの都市・アルミザ(Al-Mizzah)で生産されていましたが、トルコの商人がブルガリア・カザンラクに中東からバラを持ち込み、栽培に成功。カザンラクは現在バラの谷として世界中の香料会社が集まります。ブルガリアローズの品種 Rosa × damascena はシリアの都市ダマスカス(Damascus)へのオマージュとして名付けられました。
ローズの香りは貴高く、洗練されたフローラルノート。ローズ・オットー(水蒸気蒸留法)はフレッシュでシャープな華やかさ、ローズ・アブソリュート(溶剤抽出法)は濃厚で蜂蜜のようなねっとりとした豪華さがあります。ローズの成分はごく微量の成分も含め500種類ほど存在するとされ、ローズの香りの魅力はその複雑さ、香りの変貌にもある感じます。ローズの香料は揮発して1時間後くらいから、より一層香りが溢れてきます。まるで蕾から徐々に花開くように。
華やかで美しいローズは金星を象徴するといわれ、ローズの香りは牡牛座のシンボル。ローズは多くの香料と相性が合いますが、その香りは奥深く、ローズの新しい魅力を発見するために私自身、今も調香の途上にいます。