Perfumeの語源はラテン語で、煙(=fumum)を 通して(=per)。
今回のパフューマリー通信では香りの歴史(前編:古代~中世)をお伝えいたします。
『神々に捧げる』
古来より香りは天上の神々に祈りと共に捧げられてきました。いつの時代、どこの世界であっても、香りは天と人を繋ぎ、場を清め、喜びをもたらしました。
古代エジプトでは薫香は少なくとも1日に3回行われ、朝に樹脂、正午に没薬(ミルラ)、夜にキフィが焚かれていました。古代エジプトはアロマテラピーが誕生した土地でもあり、香料が治療や美容にも効果があることを見い出しました。香料を用いて浄化する行為は薬局方の基礎につながり、香油、香膏、おしろいなどのスキンケアや衛生管理は人々の生活に浸透していきました。
富裕層の屋敷の婦人達はアニス、シダー、ガーリック、クミン、コリアンダー、花梨、フェンネル、タイプ、ジュニパーを原料に薬を作り、室内や衣類を香らすために燻香の調合も手掛けました。入浴後の習慣として、当時から高価であった、没薬(ミルラ)、シナモン、ローズ、ジャスミンで身体を香りで包み、一方で庶民の女性達はミントやオレガノで香り付けしたヒマシ油を用いて乾燥から皮膚を守りました。
古代エジプト、メソポタミア、インドで発祥した香りの文明は、後の古代ギリシア、古代ローマへと踏襲され、発展していきます。「医学の父」ヒポクラテス(B.C.約460-約370)はハーブを治療に用い、アリストテラスの同僚で「植物学の祖」と呼ばれるテオフラストス(B.C. 371-287)は約500種の植物を体系的に論じた『植物誌』(全9巻)にまとめました。アレキサンダー大王は香料の原産地であるエジプト、シリア、フェニキア、アジアを繋ぐ、スパイスと香料の交易路(スパイスロード・インセンスロード)を開きました。
日本では飛鳥時代の仏教伝来と共に大陸の香文化が伝わります。日本書紀には推古天皇三年(595年)四月淡路島に香木が漂着し、火にくべると芳しい香りが立ち上ったことから島民が朝廷に献上した記録が残っています。大友皇子は蘇我赤兄臣や中臣金連らと盟約を結ぶ際に香炉を手に持ち、香を儀式の場で用いていたことが窺えます。平安時代には香りは教養として、粉末にした沈香、丁子、白檀、桂皮、甲貝香などの香料を調合し、蜂蜜や梅の果肉などを用いて練り合わせた薫物作りが貴族間で嗜まれました。
『中世と錬金術』
アリストテレスは四元素説を唱え、香りを第五元素に含まれるクインテッセンス(精髄)と考えました。霊魂と血液を同じ起源とする考え方は香料にも当てはまり、不老不死の薬(エリクシル)を香りに求めました。錬金術の過程で芳香植物から香りを抽出する方法として生み出されたのが蒸留法で、11世紀初頭のアラビアで確立されています。アラビアではイスラーム商人によスパイスや香料の交易が発展し、祭事や儀礼に限らず、日常的に香りを用いました。香膏を身体に塗布し、乳香、スチラックス、ベンゾインなどの樹脂を焚きしめ、媚薬として香水を用い、ローズウォーターは美容のために頻繁に使われました。
一方、ローマ帝国が5世紀に崩壊してからは、西洋の香文化は治療薬として受け継がれました。中世の修道僧は中庭でクラリセージ、ラベンダー、タイム、ローズマリー、バレリアンなどのハーブを栽培し、その使途は専ら治療目的でした。
1320年にイタリアで高濃度アルコール(アルコール濃度約95%)の製造に成功すると、揮発性があり中性のアルコールは aqua mirabilis (素晴らしい水)や aqua vitae(生命の水)と呼ばれ、香水に一大革命をもたらしました。1370年に誕生したハンガリーウォーターはアルコールを基材とした最も古い香水のひとつで、ローズマリーをベースにしています。当時72歳だったハンガリー王妃エリザベートが若さを取り戻し、ポーランドの国王を射止めたという伝説が語り継がれています。
日本では鎌倉時代以降武士が時代の担い手となり、信仰は密教・浄土から禅・遊行へと移り、嗜好や美意識が大きく転換しました。香文化も艶やかで華麗な薫物に代わって、一本の沈香を賞美する精神性が深められていきます。東山文化に創成した香道は、中世以降の歌学により磨かれた美意識によって、香木の美を鑑賞し評価する骨格を築き上げました。組香は文学的主題とその劇的展開を、一定の構成に従って香を組むことにより表現し、聞き当てた成績も組香の解釈として物語の一部となります。香木を使う国や地域は他にもありますが、香木を用いて芸術文化として発達させたのは日本だけでした。
今回の通信は当初香りの歴史を1回でお伝えする予定でしたが、改めてその奥深さに気付き、2回に分けることといたしました。次回は香りの歴史(後編:ルネサンス~現代)をお届け予定です。
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