パフューマリー通信 Vol.7

前回に続き、今回のパフューマリー通信では香りの歴史(後編:ルネサンス~現代)をお届けします。

『ルネサンス ~香りの喜び、再び』

ルネサンスとはフランス語で再生(re = 再び、naissance = 誕生)を意味します。6-11世紀の間、古代ギリシアの知の遺産は中東で伝承され、多くの文献はアラビア語へと翻訳されました。中世の中東では古代ギリシア文明を元に医学や科学が発展し、古代ギリシア文明とルネサンスの架け橋でもありました。

十字軍に従軍していた人々が中東から香料やフレグランスを持ち帰ると、西欧でも再び香りへの関心が蘇り、生活に香粧品を取り入れるようになりました。東方との貿易により新しい素材が手に入るようになると、ヨーロッパでは繊維(ファッション )、陶芸、金工分野などを中心としたクラフトマンシップが盛んになります。香り付きベルトや手袋、香水やポプリを入れるための陶器や銀器など、職人技術と香料産業は共に発展していきました。ヴェネチアは当時東方貿易における最大の貿易港でした。イタリアを通して東方からローズ、ジャスミン、オレンジの苗木がヨーロッパに持ち込まれ、修道院でもローズウォーターや香水が製造されるようになりました。イタリア・フィレンツェではサンタ・マリア・ノヴェッラ修道院の薬局方がメディチ家に花や植物のエッセンスを供給していました。

1533年フランス王・アンリⅡ世とカトリーヌ・ド・メディチの婚姻により、イタリア・ルネサンスの芸術や生活様式がフランスへと広まります。カトリーヌにより南仏・グラースが香料用の花や植物の栽培地として選ばれ、グラースは今日の香水の都となりました。当初香料は香り手袋など専ら香り付けとして用いられていましたが、次第に香水としての需要が高まります。ルイ15世が統治する時代、愛妾ポンパドゥール夫人により香水産業は飛躍し、王宮は「芳香宮 ”la cour parfumée”」と呼ばれていました。

18世紀はジャスミン、ネロリ、アンバーグリスなどのシングルノートが好まれ、マリーアントワネットはバラやすみれの香りに夢中でした。香料の抽出技術も向上し、冷浸法(アンフルラージュ)により蒸留法では抽出できない繊細な花の香り(ジャスミン、チュベローズ、水仙、ミモザなど)をアルコールで抽出できるようになりました。フランス革命後の数年間は香水産業も衰退しましたが、ナポレオン一世が即位すると再びエレガンスと豪奢な時代が始まりました。また衛生概念も広がり、オーデコロンなどは貧富を問わず幅広く使われるようになりました。1861年ゲランがナポレオン三世の皇后ユージェニーに捧げたオーデコロン”オーインペリアル Eau Impériale”によりゲランは皇室御用達商となり、今日でも受け継がれている香水のひとつです。

『近世-現代 ~人工香料の登場』

1871年普仏戦争に敗れナポレオン第二帝政は崩壊、パリは衰退しますが、ベルエポックにより再び華やかな時代が訪れました。産業革命により街には電灯が点り、車が行き交い、映画が生まれ、香料産業においては有機化学の発達により、調香師達は天然に存在する香りの成分を合成するようになります。1868年に干し草のような香りを持つクマリン合成を皮切りに、1888年にはムスク、1890年バニラ、1893年すみれなど次々に合成に成功。また自然界では抽出不可能なユリやガーデニアの香りも合成できるようになりました。

合成香料により大量生産が可能となり、人工的に作った香料により、自由なクリエーションが可能な時代と見做されるようになりました。こうして、1882年ベルガモットとクマリンを基調とするフゼアロワイヤル(ポール・パルケ)、1889年ラベンダー・ヘリオトープ・バニリンを中心としたジッキー(ゲラン)、1921年脂肪族アルデヒドを過剰に使用した、どんな花束にも見つけることのできない花の香りを持つシャネル5番など、現代香水が生まれました。

21世紀の今、アメリカとフランスが世界の香水市場を分かち合い、市場の60%を10のグループが占めると言われています(2010年時点)。また、香水・フレグランス業界では年間約1,000個の新作が発表されては、そのうち2-3製品が10年間生き延びると言われる程度です。宣伝過剰で、製品のライフサイクルは短く、流行はグローバル化し、画一化しています。こうしたマーケティング重視の販売戦略とは対照的に、宣伝もせず、市場調査もしない「ニッチ」系香水が生まれ、香水の価値を再び引き出すクリエーションが調香師中心となって動き始めています。私も調香師のひとりとして、天然香料のみの自然香水を通して、人々が再び香りの喜びを祝福し、自然とひとが美しく響きあう循環の一翼を担えたらと願って、香水つくりをしています。

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次回は『音楽と香り』についてです。

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