パフューマリー通信 Vol.29

8月葉月新月のパフューマリー通信。金沢でも漸く梅雨明けし、土用干しが始まりました。照り付ける灼熱の陽射しと連日の熱帯夜。けれども昨夜夏祭りの帰り道には涼やかな虫の声が聞こえて、自然はもう秋の準備を始めていることに気付かされます。

『ジャスミン』

獅子座を象徴する植物といえばやはりジャスミン。ジャスミンの語源であるアラビア語 yas min は「絶望は愚弄」を意味し、千夜一夜物語からも垣間見えるアラビアの陽気で、全能の神に全てを委ねる精神的気質がうかがえます ―『全てはアッラー(神)の思召すままに』。

原産はイラン、アフガニスタン、北インド。キリスト受難の夜、ジャスミンは葉を畳んで悲しみに耐え、翌朝再び花開いたときには元のようなピンク色ではなく、色は褪せ、二度と色付くことがなかったという伝説が残っています。インドやアラビアではジャスミンは愛の花。インドではジャスミンを恋人に送り、相手の女性はジャスミンの花を髪と一緒に編み、変わらぬ愛の約束とする。ジャスミンは結婚式のとき花輪として身に付けます。

ジャスミンは日没と同時に花が咲き始め、太陽が昇ると香気成分が揮発してしまうため、花の収穫は夜明け前から。フランスでは朝10時まで、エジプトでは8時半までに摘み取りを終え、収穫後はすぐに抽出作業に入ります。熱に弱い成分を多く含むため水蒸気蒸留は適さず、以前は冷浸法(アンフルラージュ)、現在では溶剤抽出法が一般的です。

ジャスミンの品種には大きく2種類あり、グランドフォリア種(スペインジャスミン)とサンバック種(アラビアンジャスミン)。スペインジャスミンはつる性の植物で、ムーア人が中世にスペインに持ち込み野生化していたジャスミン(officinale種)に、17世紀頃ネパールからフランス南部に持ち込まれたgrandflorum種に接ぎ木し、耐寒性が備わりフランス南部でも栽培可能となったもの。成分は産地や季節によって異なり、グラース産ジャスミンはジャスミン香料の中でも最高級品といわれています。ラクトン類を含み、高貴でとろけるような甘さが特徴的です。

サンバック種はスペインジャスミンにグリーンノートが加わったような香り。ジャスミンティーの香り付けに用いられる品種です。窒素含有物であるインドールがスペインジャスミンよりも多く含まれるのが特徴で、ジャスミンの花の香り高さの中に野性味があります。私はグランドフォリア種よりもサンバック種を使う調香のほうが得意だったこともあり、BLISSではジャスミンといえばアラビアンジャスミンを用いた香水です(グランドフォリア種と2種合わせることもあります)。

ジャスミンは調香を始めて以来、大切な香料でした。私なりのジャスミンの最終回答が『パルファン Amor Mundi』。ローズマリーやシスタスといった個性的でマスキュリンな香りを持つ植物を合わせることで、愛の儚さに知性と強さが加わるように、Amor Mundi 世界への愛を問い続けています。

パルファン 1001 Nights』『パルファン Amor Mundi』から続いたジャスミンは一旦卒業し、12月発表予定の次作香水は打って変わってハーバルノートが主題です。

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震災から7カ月が経ちました。

道路や鉄道状況は復旧しつつありますが、瓦礫や壊れた建物はそのままだというお話が殆ど。復興には程遠い現状があります。

暑さの盛り。どうかお皆様お身体ご自愛ください。