パフューマリー通信 Vol.55

2026年神無月新月。先日発表のあった、今年のノーベル化学賞に不斉合成という朝刊の見出しと硤合憲三先生の写真の背景に第二の母校・東京理科大のロゴとに二度驚きました。不斉合成は香料や医薬品業界にとって非常に重要であり、ここ数十年、化学者の間で最も盛んに研究がなされてきた分野のひとつでした。

自然はキラル(Chiral)

すべての生命物質にはキラリティー(Chirality)といって、右手と左手のように、同一でなく互いに鏡像の関係の構造をもつ異性体が存在します。成分は同じでも構造が異なるため、全く異なる働きをするものが数多くあります。

例えば、
オレンジとレモンの香りの違いは、
(R)-(+)-リモネン・・・やわらかなオレンジの香り
(S)-(-)-リモネン・・・つんとしたレモンの香り
リモネンという分子の左手型と右手型の違いに由来し、

同じカルボンである
(R)-(-)-カルボン・・・スペアミントの香り
(S)-(+)-カルボン・・・キャラウェイシードの香り
成分は同じでもキラルな性質のため、異なる香りをもちます。

医薬品の開発においては一方には薬効がありもう一方には毒性があるなど、片方だけの鏡像異性体をどうやって100%の純度でつくれるかは致命的課題です。また、生命の複雑さはアミノ酸や糖などの分子がすべてキラルで存在していることに由来しており、キラリティーは生命の起源を解明するための重要な鍵のひとつです。

2000年以降不斉合成に対するノーベル賞授与は今年で4件目。どちらかの鏡像異性体だけをつくる不斉合成のメカニズムがいかに重要視されていることを改めて感じました。

嗅覚のメカニズム

それにしても、瞬時にオレンジとレモンの香りを嗅ぎ分けられる嗅覚メカニズムもキラリティー同様、凄いことです。匂いがどのように知覚されるか、他の五感に比べて長い間謎に包まれていましたが、1990年代に入り、アメリカのリンダ・バックとリチャード・アクセルが匂い分子を複数の嗅覚受容体で感知するメカニズムを突き止め、2004年ノーベル医学生理学賞を受賞しました。受容体とは鍵(key)に対する鍵穴(key pocket)のようなもので、匂い分子においては特定の分子構造に対する受容体が約400種類存在するとことがわかっています。受容体の組み合わせは2の400乗通りあるので、数十万種類あるといわれる匂い分子を簡単に識別できるという仕組み。嗅覚がオレンジとレモンの香りを嗅ぎ分けることができるのは、右手型と左手型という分子の立体構造の違いを認識しているからともいえます。

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同じくノーベル賞関連で、母校(英イーストアングリア大学)が一緒でもある大好きな作家の一人カズオ・イシグロについても書きたいことはいろいろとありますが、これもまたいつか。

本日もパフューマリー通信にお付き合いいただきありがとうございました。
透きとおった青空が広がっています。すてきな連休をお過ごしください。

BLISS Natural Perfumery
茂谷あすか

Profile
1982年生まれ。2006年英University of East Anglia卒業。株式会社QUICK、三井物産株式会社勤務を経て、2015年より調香の仕事を始める。2019年東京理科大学卒業。2021年石川県金沢市にてパフューマリーを設立。自然香水の製作を行う。