2026年葉月新月。先月28日に発生した熊本地震で被害に遭われた皆さまに心よりお見舞申し上げます。台風・大雨、厳しい暑さ、戦後81年の夏が駆け抜けていきます。
新作香水に向けて
BLISSは毎年1作品ずつ、”勇敢な女性に捧げる”と題して香水を制作しています。1st Collection 第4作目はデンマークの作家イサク・ディネセン/本名カレン・ブリクセン(1885-1962)に捧げます。
1914年から17年間、英領ケニアの高地でコーヒー農園を経営していたディネセンの自伝的小説『アフリカの日々/Out of Africa』をはじめて読んだのは2年前。あまりにも面白くて、通読後、またすぐに読み直しました。
こんなにも熱中したのは個人的な理由もありました。2003年、当時イギリスの大学に通っていたわたしは同じ学部(環境学)の友人に誘われて、とある生態系保護プロジェクトの調査団の一員としてタンザニアへ3ケ月赴きました。内容はタンザニア南部に分布するンピンゴという木の伐採により周囲の生態系にどのような影響があるかを調査するもの。現地で提携する大学の学生や専門家、運転手も加わったタンザニア=イギリス調査団でベースキャンプを1週間~10日間おきに変更・移動しながら、約5週間フィールドワークを行いました。
寝泊りはもちろんキャンプ。地図でプロットした地点に赴き、付近で平地を探し、草を刈ってテントを張る場所をつくることから始まります。それまでキャンプをしたことがなかったわたしは、「キャンプとはこんなものか」とかえってすんなりと受け入れ、体調を崩すことは一切なく、毎日食事のメニューが同じでも食欲が落ちることはなく(朝はチャパティ、昼はトウモロコシ粉を火にかけながら練ってつくるウガリ、夜はお米)、イギリスチームの誰よりも健康で順応していました。
地平線から天頂まで敷き詰められた満天の星、バオバブの木に群がる尻尾の長いサルが夜中に発する奇声、毎日サバンナの平原を10キロほどの距離を歩くフィールドワーク、同じ調査団のタンザニアの学生の視力の良さ(2㎞先の車が見える)、夜ジープの屋根で南十字星を眺めて感動に浸っていたら「Asuka、ライオンが来たら危ないから、夜ひとりでいたらダメだよ」と呼びにきてくれた仲間、マーケットで見かけたマサイ族たち・・・。20年以上経った今、タンザニアの人びとはどんな暮らしをしているのだろう・・・。
ディネセンがケニアに滞在していた時代はヨーロッパから入植者たちから続々とやってきて、急速に、強制的に、アフリカの伝統な暮らしやしきたりが失われてしまう過渡期でした。永遠に失われていくアフリカの暮らしと、経営するコーヒー農園や彼女自身に降りかかる数々の試練を綴った作品。最初から決して上手くゆかなかったコーヒー農園の経営を、最終的には運命を受け入れる形で全てを手放し、祖国へ戻り、デンマークで物語を書き始めます。
物語にすることで失われた美しいアフリカの日々がみずみずしい感情を伴って何度でも再生される。試練に意味を与え、神話が塗り直される。それは生きる者にとっては慰めであり、死者へに対してはレクイエムだったのでしょう。「あらゆる悲しみは、それを物語に変えるか、それについての物語を語ることで、耐えられるものとなる」ーーディネセンのことばをハンナ・アーレントは折に触れて引用しています。文章全体に放たれる凛としたディネセンの高貴さと聡明さは、まるで時間を掛けて蒸留して得られたエッセンスのようでした。
ディネセンに抱いた想いがようやく香りとなってきました。キーノートはヴァニラとベチバー。つい先日、その分野では最高級といわれるマダガスカル産のヴァニラとヴェチバーが仏香料会社から届きました。今から調香がとても楽しみです。
BLISS Natural Perfumery
茂谷あすか
Profile
1982年生まれ。2006年英University of East Anglia卒業。株式会社QUICK、三井物産株式会社勤務を経て、2015年より調香の仕事を始める。2019年東京理科大学卒業。2021年石川県金沢市にてパフューマリーを設立。自然香水の製作を行う。

